第2回ギター名曲講座

GGサロンでは新年最初となる鈴木大介さんのコンサート、おかげさまで完売間近となっております!「行くつもりだけどまだ予約してなかった!」という方はお早めに!

今日は当シリーズ第2弾の藤元高輝さんのコンサートのプログラム・ノートを公開します。とにかく難しい曲が並んでいる印象のこのプログラム、いったいどんなコンセプトで成り立っているのでしょうか?


★第2回ギター名曲講座
時代の音を聴くVol.1
「引用の音楽――20世紀作曲家の試み」

それまで専らギタリスト兼作曲家によって書かれていたクラシックギター・ソロのための作品は、20世紀に入ると、セゴビアやブリームなど世界的に活躍したギタリストたちの働きかけによって、非ギタリストの著名作曲家による作品が次々と生み出されました。現在演奏されているギター作品のうち、20世紀以降の非ギタリストに作曲されたものはとても大きな割合を占めています。今回は、それらの中でも特に「引用」という共通する要素を持った作品を取り上げることで、大作曲家たちが築き上げた作品世界に触れてみたいと思います。


ファリャ〈ドビュッシー讃歌〉

タレガの弟子でセゴビアより少し上の世代にあたるミゲル・リョベートのために書かれたマヌエル・デ・ファリャ〈ドビュッシーの墓碑銘に捧げる讃歌〉(1920)は、非ギタリストの著名作曲家による最初のギターソロ作品として記念碑的な意味合いを持っています。しかし、それだけでなく、わずか4分ほどの中に込められた充実した内容は多くの聴き手を魅了してきました。

ファリャは、一度もスペインに訪れたことのないドビュッシーが作曲した《版画》の第2曲〈グラナダの夕べ〉を聴いて、「スペインを見事に描き切っている」と褒め讃えました。巧みにハバネラのリズムを用いたこの曲と同じように、〈ドビュッシー讃歌〉も全体にわたりハバネラのリズムが鳴り響きます。また、沈鬱な空気に覆われながらも、〈ドビュッシー讃歌〉はところどころ印象派風な和音が散りばめられています。さらにこの作品を大きく特徴づけているのは、終結部に唐突に現われる16分音符のメロディー、〈グラナダの夕べ〉からの引用です。引用元では序盤にほんの一瞬だけ現われるこのモチーフは、〈ドビュッシー讃歌〉において亡き作曲家を強く思い起こさせる重要な役割を果たします。


ブリテン〈ノクターナルOp.70〉

〈ドビュッシー讃歌〉はイギリスの巨匠ブリームの得意レパートリーでもありましたが、その彼のために書かれたベンジャミン・ブリテン〈ダウランドによるノクターナルOp.70〉(1963)は、ルネサンスに活躍したイギリスのリュート奏者ダウランドのリュート伴奏歌曲〈来たれ、深き眠りよ〉を主題として書かれています。変奏曲の形式で書かれたこの曲は、しかし多くの変奏曲のように冒頭には主題が弾かれません。主題のモチーフを巧みに用いた7つの変奏、そして力強いパッサカリアを経て、最後に静かに主題が現われます。提示→展開→結尾という進歩思想的な構成がなされてきた古典派以降の西洋音楽とは対照的に、現代的な音響を経て最後に過去の音楽に立ち返っていくこの構成は、どこか懐古的な趣きを感じさせます。前述のファリャの場合と同じように、ブリテンがダウランドを深く敬愛していたからこそこのように優れた霊感を得られたのでしょう。


ロドリーゴ〈祈りと踊り〉

直接的な形でファリャの影響がうかがえる作品として、ホアキン・ロドリーゴ〈祈りと踊り〉(1961)が挙げられます。「ファリャ讃歌」の副題を持つこの曲は、1961年のパリ国際ギターコンクール作曲部門の出場作品として書かれ優勝を飾り、その後セゴビアの高弟アリリオ・ディアスにより初演され、彼に献呈されました。

〈ドビュッシー讃歌〉はもちろん、代表作であるバレエ『恋は魔術師』からも〈狐火の歌〉〈魔法の輪(漁夫の物語)〉などふんだんに引用がなされ、まるでロドリーゴによるファリャ作品のコラージュのようです。しかし前述の2作品と比較すると、引用元が明示的に姿を現わすことはありません。ファリャを素材として用いながら、全体的な流れははっきりとロドリーゴの音楽が感じられるようになっています。加えて、ハーモニックスやトレモロ、そして〈アランフエス協奏曲〉の第2楽章にも聴かれる縦横無尽なアルペジョなど、ギターの特性を活かしきった書法は圧巻です。


ブローウェルとヒナステラのソナタ

作品内容と引用の意図の関係が非常に見極め難い作品もあります。著名なものとして、ブローウェルとヒナステラのソナタが挙げられるでしょう。

今回触れる中で唯一ギタリストで"あった"キューバの作曲家レオ・ブローウェルは、1980年代ごろに手を痛めて活動を断念し、現在では作曲家および指揮者として国際的に活躍しています。演奏活動を退いた後に書かれた《ギター・ソナタ》(1990)はブリームに献呈され、初演されました。〈ファンダンゴとボレロ〉〈スクリャービンのサラバンド〉〈パスクィーニのトッカータ〉の3楽章からなるこのソナタは、第1楽章の終わりに唐突にベートーヴェンの《交響曲第6番「田園」》の第1楽章の有名なメロディーが登場します。

ラテンアメリカの重要な作曲家の1人に数えられるイタリア系アルゼンチン人のアルベルト・ヒナステラは、ブラジルのギタリスト、カルロス・バルボサ=リマのために《ギター・ソナタOp.47》(1976)を書きました。〈エソルディオ〉〈スケルツォ〉〈カント〉〈フィナーレ〉の4楽章からなり、アルゼンチン・フォルクローレのリズム、現代音楽的な語法、ギター奏法が使われ、演奏効果が大きいためにコンクールでも頻繁に弾かれます。この第2楽章〈スケルツォ〉の終わりに、ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の第2幕第6場で市書記ジクストゥス・ベックメッサーが奏でるリュートが引用されています。その旨は作曲者自身によって楽譜序文で解説されていますが、この唐突に思える引用にどのような意図があるのかは説明されていません。


武満 徹〈フォリオス〉

同じように非常に暗示的でありながら、まるで〈ノクターナル〉のように作品の核となるかのような引用がされているのが武満 徹〈フォリオス〉(1974)です。この曲は荘村清志のために書かれ、初演されました。

〈フォリオス〉はタイトルを持たない3つの小品からなります。"フォリオ Folio"は「2つ折りの紙」を意味し、その名の通り3曲は見開き2ページで書かれています。作曲者自身により、Ⅰは「旋律の透明な遠近法」、Ⅱは「3+4を基本においた雨の音楽」、Ⅲは「棹歌」であるとの説明と「どのような順序で弾いても良い」との説明されていますが、多くのギタリストは楽譜通りの順番で弾きます。それはやはり、Ⅲの終わりに現われる、バッハの『マタイ受難曲』第62番コラールの〈いつの日かわれ去り逝くとき〉が、西洋音楽の原初に立ち返っていくかのような印象深い手法で引用されていることと無関係ではないでしょう。


モー〈ミュージック・オブ・メモリー〉

これら20世紀の作曲家たちによって連綿と書かれてきた「引用の音楽」を、最も意識的に取り入れて書かれたのがイギリスの作曲家ニコラス・モー〈ミュージック・オブ・メモリー〉(1989)です。アメリカのギタリスト、エリオット・フィスクに献呈されたこの曲は、近年マルシン・ディラやサネル・レディチら若い世代のギタリストの演奏により脚光を浴びています。

この曲はメンデルスゾーンの《弦楽四重奏曲第2番Op.13》の第3楽章〈インテルメッツォ〉(の中間部以外)を主題に、自由変奏形式で書かれています。しかし、従来の変奏曲のように冒頭だけで主題が提示されるわけではなく、〈ノクターナル〉のように最後に主題が現われるだけでもありません。引用元はA-B-A(-B-A)の形式で書かれていますが、このAとBが分断されて配置されています。

曲の冒頭から変奏が始まり半音進行と跳躍進行を使いながら、十二音音楽風に緊張度の高い音響で進みます。主題の動機は使われません。それに対しシンプルな主題は、引用元と同じイ短調で、ほぼ同じ音型で現われます。ですが、元がアップテンポで軽快に弾かれるのに対し、この曲では重々しくレガートに弾かれ、より回想的なニュアンスを感じさせます。この無調音楽から調性音楽への擬似的な"解決"が曲の大きなテーマとなっています。タイトルの「メモリー」は、古き良き調性音楽時代の「想い出」と、自由変奏形式の背後に隠された主題の「記憶」の2つの意味が込められています。曲が進むにつれ、主題の音型は原型を保ちきれずに変奏に"浸食"され、ついにコーダでは、主題と変奏が奇妙に混ざり合いながら消えていきます。決して進歩思想的でもなければ懐古的なだけでもないこの音楽は、今後のギター音楽に新たな可能性を示していると言えるかもしれません。

今回触れた作曲家は世代も出身国も様々ですが、彼らが形作った20世紀ギター音楽の脈流は、今なお多くの聴き手と弾き手に影響を与え続けています。


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こんなプログラムめったに聴けません!期待の若手、藤元高輝さんの果敢な挑戦をぜひお聴き逃しなく!2月23日(日)はぜひGGサロンへ!


第3回/3月29日(土)は室内楽。お馴染み益田正洋さんと、ともに紀尾井シンフォニエッタ東京でご活躍されている難波 薫さん(フルート)、井上静香さん(ヴィオラ)。前2回に比べると知らない曲が多くて戸惑われるかもしれませんが、いずれも魅力たっぷりの作品であることには変わりません! 豪華メンバーで奏でられる優雅な室内楽にぜひご期待ください!

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第4回/4月27日(日)は、スペインもののレパートリーを得意とする井上仁一郎さんに、リョベート、プジョール、フォルテアの作品を披露していただきます。リョベート編の《カタルーニャ民謡集》は全曲入りますのでぜひお楽しみに!

第5回/5月31日(土)は松尾俊介さんとフルートのyumiさんによるイタリアもののレパートリー。王道のジュリアーニとC=テデスコはもちろん、その他イタリアらしい明るい作品を集めました(ちなみに、松尾さんは12月に同シリーズでソロ公演を予定しています)。