第8回ギター名曲講座

日に日に暑くなって夏らしくなってきましたね! そんな中、涼しげに優雅なバロック音楽などを聴いてみるのはいかがでしょうか? 先日もお伝えした通り、今週の土曜日に山田 岳さんのオール・バロックのコンサートが行なわれます。この後、別記事にて練習風景動画第2弾を公開しますのでお楽しみに! 動画も見れる予約ページはこちら

名曲講座第8回は、シリーズ唯一のオール邦人作曲家プログラムで、大人気コンポーザー・ギタリストの佐藤弘和さんです。演奏は、こちらも大人気の、キム・ヨンテさん、新井伴典さん、坪川真理子さんからなるアルポリール・ギタートリオ! 佐藤弘和さんの作品というと、自然の風景を想起させるタイトルのものが多いですね。今回はそこに焦点を当てて解説を書いてみました。

★第8回ギター名曲講座
コンポーザー・ギタリストの世界 Vol.3
「佐藤弘和の音楽と自然のことば」
(※解説中敬称略)

現在活躍中のコンポーザー・ギタリスト佐藤弘和の作品のほとんどは「弾きやすくわかりやすくメロディックであること」という彼の作曲のモットーが活かされている一方、どこか全体像がとらえにくい性質を備えているようにも聴こえます。今回は佐藤作品の"わかりやすさ"と"とらえどころのなさ"というある種の矛盾、「イメージのズレ」とでも言うべき性質について、大きな特徴の1つである「自然のことば」をタイトルに用いた作品群を足掛かりに見ていきたいと思います。


○秋のソナチネ(1994年)

佐藤弘和作品の中でも特にクラシック音楽の要素が強く、規模が大きいのが秋のソナチネと題された3楽章ならなる、彼の第2番目のギター・ソナタです。ギタリストの榎本裕之の委嘱によって書かれ彼に献呈・初演されたこのソナタは、「何かわかりやすいタイトルを」という要望に応えて「秋」の名が付されました。第2楽章には、それ以前に佐藤が作曲していた〈秋の歌〉というピアノ作品のテーマが用いられています。

第1楽章アレグロ・モデラート、第2楽章アンダンテ、第3楽章アレグレットは、それぞれソナタ形式、変奏曲風な緩徐楽章、ロンド(に近い)形式が用いられた、かなりオーソドックスなソナタに見えます。加えて、第1楽章ではポンセの佳作〈ソナタ・ロマンティカ〉のモチーフを提示部の終わりやコーダなどの重要な箇所で繰り返し引用したり、第3楽章では第1楽章第1主題を回帰させたりと、クラシック音楽らしい工夫が凝らされた"優等生的"な作品という印象さえ与えます。

しかしこのソナタの最も注目すべき部分は、先述のタイトルのエピソードからもわかるように、疑いなく第2楽章〈秋の歌〉です。美しいメロディーが印象深いあらゆる方法で展開されていく様子は、一度で聴く者の心を掴むと同時に、色鮮やかな「秋」のイメージを喚起させます。ギター・ソナタでは、インパクトの大きな奏法やフレーズを用いた終楽章が注目されること(そして単体で弾かれること)が多いのですが、このソナタはその期待に応えません。しかし〈アランフエス協奏曲〉などの例を見ればわかるように、クラシックギターの持つ叙情性は聴く者の心に強く訴えます。冒頭に「素朴かつ叙情的に」の指示が見られるこの第2楽章は、一番の人気作である〈素朴な歌〉(1994年)同様、佐藤の叙情的な側面が充分に活かされた重要な楽章と言え、3楽章中最も長い演奏時間を要します。

また第1、3楽章では、形式の面でギターにおいて珍しい試みがなされています。規模の小さなソナタ形式では、再現部で第1主題が省略されることがままありますが、この第1楽章も「ソナチネ」らしく簡潔な展開部を経て第2主題の方が現われます。そして盛り上がりを見せてコーダに進むかのように予感させた後、それを裏切り堂々と第1主題が現われ、その後ポンセのモチーフを用いたコーダで賑やかに終わります。再現部で第2主題の後に第1主題を聴かせる書法は古くは〈葬送行進曲〉で有名なショパンの《ピアノ・ソナタ第2番》など見られますが、ギター・ソナタでは極めて珍しい試みと言えるでしょう。

第3楽章も、A-B-A-C(B')-A'-D-(経過句)-codaというロンドに近い形式で書かれているものの、そのように聴くのは困難です。その理由はコーダの入りにあります。経過句ではドミナントの和音で盛り上がりを聴かせ明らかに次にAの主題を予感させますが、それを裏切り、第1楽章第1主題を用いたコーダが唐突に始まります。しかし、この唐突に思える回帰はむしろ、このソナタの中心となる第2楽章を軸に、両端楽章でシンメトリックなアーチ構造を作っていると考えることもできるのです。

心地良い和音、聴き取りやすいメロディーにも関わらず、なぜかとらえどころのない佐藤作品の特徴は、このような形式の"ゆらぎ"に由来していると言えます。


○季節をめぐる12の歌(1995~96年)

佐藤が『現代ギター』誌の1995年4月号から翌年3月号の添付楽譜のために書き下ろした連作《季節をめぐる12の歌》は、形式的にさらに自由度の高い作品と言えます。この12曲は、チャイコフスキーの有名なピアノ曲集《四季》と同じように、それぞれの月や季節にちなんだタイトルが付されており、4月から順に〈チェリー・ブロッサムズ〉〈5月の歌〉〈結婚行進曲〉〈星たちに寄せるロマンス〉〈夏の庭で〉〈9月の雨〉〈秋空の下で〉〈感傷的なメヌエット〉〈アドヴェントの歌〉〈新年の歌〉〈冬の日の物語〉〈春の訪れ〉となっています。

三部形式(や複合三部形式)に近い曲もあるものの、長めの序奏やコーダ、挿入句的なフレーズ、変化の伴う主題の再現など、曲の展開の仕方は多岐にわたっており、耳当たりの良い音響とは裏腹に、形式的な面では一聴しただけだと輪郭がわかりにくく、場合によってはどこか散漫な印象を受けるかもしれません。しかし実際に弾いたり何度か聴たりしてその音楽に慣れてくると、バラバラに聴こえていたそれぞれのフレーズが次第に結びついて聴こえてきて、豊富なイマジネーションと鮮やかな色彩感を持った魅力的な作品であることがわかってきます。

終曲〈春の訪れ〉では、主部に前曲の〈冬の日の物語〉を用いたフレーズが使われ、コーダでは最初の〈チェリー・ブロッサムズ〉の冒頭主題が再び登場します。"季節をめぐって"同じところに戻ってきたととらえるもできるでしょう。循環形式の《秋のソナチネ》と同様、直線的な発展ではなく、円環もしくは回帰的な変化を好む佐藤の個性を垣間見ることができます。


○風のはこんだ4つの歌(1997年)

同じく季節をめぐる作品として、ギター二重奏のための《風のはこんだ4つの歌》が挙げられます。〈すすきの穂が揺れる〉〈舞い降りる粉雪〉〈花の香にのせて〉〈熱風の中で〉の4つからなるこの作品は、タイトルからもわかるように秋から始まって活気のある夏で終わります。それぞれの楽章にはギタリストの長谷川郁夫による詩がつけられており、作品はその長谷川と、初演の場であった「クラシックギターコンサートを楽しむ会」主催者のギタリスト増淵利昭に献呈されました。

《風のはこんだ~》は《季節をめぐる~》よりさらに明確な季節のイメージ持っているものの、形式的にはさらに自由度が高く、聴く者を惑わします。例えば〈舞い降りる粉雪〉では、簡潔な序奏のあと主部が存分に展開されます。その後、挿入句的に序奏のモチーフがさりげなく現われたかと思うと、そのまま序奏のモチーフが次々と展開され中間部となってしまいます。そして、主部が短く再現されたかと思うとあっさりと曲が終わります。主部の再現が変化を伴いつつ簡略化されているという点は最初の3つの楽章に共通言えますが、その分いずれの曲も主部や中間部の展開が充実しており、ギター2本によって増した表現力が最大限に活かされていると言えるでしょう。

最後の〈熱風の中で〉は、8分の5や4分の2、8分の6などの変拍子で構成された、リズムの要素が強い活気のある楽章です。佐藤の独奏作品ではあまり見られないこの「リズムの要素が強い」曲は、2000年ごろ以降から増えていく佐藤のギター重奏や合奏のための作品でより顕著になっていきます。


○鳥の詩(2007~10年)

ギターアンサンブルのためのものが一定の割合を占めるようになった近年の佐藤作品の中で、とりわけ規模が大きく注目すべき内容を持つのが、ギター三重奏のための《鳥の詩》です。早い時期からの佐藤作品の理解者であったギター音楽研究家の菅原 潤氏の追悼コンサートで初演され、そのとき演奏した「アルポリール・ギタートリオ」(新井伴典、坪川真理子、キム・ヨンテ)に献呈されました。〈楽園の鳥たち〉(2007年)〈平和を祈る鳥たち〉(2008年)〈戦う鳥たち〉(2010年)の3楽章からなるこの作品は、第2楽章ではチェロの巨匠パブロ・カザルスの演奏で有名なカタルーニャ民謡〈鳥の歌〉のメロディーが用いられており、《秋のソナチネ》と同じく重要な役割を担っています。

第1楽章〈楽園の鳥たち〉はかなり自由ながらもソナタ形式に近い形で書かれています。力強い序奏風な第1主題、カンタービレと指示された雄大な第2主題、リトミコと指示された快活な第3主題が奏でられた後、第2主題を中心にした展開部がきて、第1主題と第3主題が直結した再現部と簡潔なコーダでなだれ込むように終わります。佐藤の構成力の巧みな側面が反映されていると言えるでしょう。第2楽章〈平和を祈る鳥たち〉はカンパネラ奏法の響きと穏やかなメロディーのコントラストが印象的な主部と、〈鳥の歌〉が用いられたドラマティックな中間部からなります。やや変則的なロンド・ソナタ形式で書かれた第3楽章〈戦う鳥たち〉は、弱拍のアクセントやシンコペーションが全体にわたって鳴り響く疾走感のある楽章で、ギターアンサンブルにおける佐藤らしい作風を感じ取ることができます。

《鳥の詩》はいずれの楽章も耳を惹く印象的なフレーズがふんだんに散りばめられていますが、全体を包括的に把握するのはやはり簡単ではありません。聴いていくごとに徐々にその魅力がわかってくることでしょう。

佐藤作品の多くは和声的には聴きやすいという共通点を持ちつつ、形式的には把握の難しい、聴くものの無意識の予感をはずすような変則性を持っています。奏法などのわかりやすい側面から斬新さを求めがちな聴き手にとっては、勘所がわかりにくくも感じられるかもしれません。しかし、山や海、森など一定の普遍性を持ちながらも土地や季節によって姿を変える自然の景観のように、親しみやすさと思いがけない変化が同居した佐藤弘和作品は、触れるたびに新鮮な驚きを与えてくれる音楽と言え、今なお着実にリスナーを増やし続けています。

ggsalon2014.08.30.jpg

佐藤弘和さんの作品がまとめて演奏される機会はそう多くありません! アルポリール・ギタートリオのコンサートも久々です! 実力抜群の3人が奏でる「オール・ヒロカズ・プログラム」、面白くなること間違いなしですので、チケットがなくなる前にぜひお早めにご予約ください!

そして第9回/9月27日(土)は、3月にも「ウィーン古典派の室内楽」で素晴らしい演奏をしてくださった益田正洋さん(動画あります 1234)による、今度はソロの古典派のソナタ。愛好家なら誰でも知っている作品かと思いますが、なかなか聴く機会はなかった......大作だけでなく大序曲やグラン・ソロなど華やかな曲も予定していますので、ぜひお聴き逃しなく!

ggsalon2014.09.27.jpg

第10回/10月25日(土)は新井伴典さんによる、様々なクロスオーバー作品を集めたプログラム「ギター・レジェンズ」。福田進一さんのとある名盤が"元ネタ"のこの企画、定番の〈バーデン・ジャズ組曲〉〈ジャンゴ・ラインハルトの主題による変奏曲〉〈ジミ・ヘンドリックス讃歌〉〈スア・コーサ(ウェス・モンゴメリーの思い出に)〉〈ピンク・フロイド讃歌〉に加え、珍しい曲もたくさん予定していますのでご注目ください!

第11回/11月29日(土)は、東京ギターカルテットなどでもご活躍されている角 圭司さんと、角さんのアメリカ留学時代に同窓だった台湾のソプラノ歌手の黄 子珊Tzu-Shan Huangさんによるスペイン歌曲のコンサートです。ソルのセギディーリャ集、グラナドスのトナディーリャ集、ファリャのスペイン民謡曲集やロドリーゴの歌曲など、幅広い時代にわたる曲目を予定してます。お楽しみに!

(編集O)