第10回ギター名曲講座

先週もお伝えした通り、今週の土曜日27日には益田正洋さんによる古典派ソナタのコンサートを開催します。ソルとジュリアーニの、華やかな単一楽章のソナタと重厚な多楽章のソナタ、どちらも演奏していただきます!ソルのグランド・ソナタを2曲一緒に聴ける機会はそうそうありません。本格的なギター・レパートリーに丹念に取り組まれている益田さんだからこそ実現した企画だと思います。まだ座席に余裕ありますので、予約されていない方はコチラからどうぞ!当日は益田さんのニューアルバム『ソナタⅢ フェルナンド・ソル作品集』の先行発売&サイン会もあります!

さてさて、第10回目となるギター名曲講座はガラッと変わって、ロック、ジャズ、ボサノヴァ、フォルクローレとクラシックのクロスオーバー作品を取り上げます。どんな伝説的なギタリストたちが取り上げられているのでしょうか......

★第10回ギター名曲講座
時代の音を聴く Vol.5
「ギター・レジェンズ」

一般に「ギター」と言ったとき、今日では多くの人が思い浮かべるのはバンドの中のエレクトリックギターや、弾き語りのアコースティックギターなどだと思います。娯楽的な"大衆音楽"でこそ、ギターはその真価を発揮しているとさえ言えるかもしれません。その一方で「クラシックギター」の場合、"芸術"と"娯楽"の境界に身を置くことによって、あらゆる楽器、さらにはあらゆる種類のギターの中でも特にボーダレスにジャンルを行き来しているという状況を見出すことができます。今回はクラシックギターにおける"クラシック"の側面だけでなく、"ギター"の側面に光を当ててみましょう。


○ジャンゴ×ブローウェル

マヌーシュ(ジプシー)・ジャズの創始者であり、"3本指のギタリスト"としても伝説的な人物のジャンゴ・ラインハルト(1910-1953)は、ロマの旅芸人の両親のもとにベルギーで生まれ、主にフランスで活躍しました。

本場アメリカでは管楽器中心のジャズバンドが栄えていたころ、ヴァイオリン、ギター3本、ベースという弦楽器のみで構成された「ホット・クラブ・ド・フランス五重奏団」がジャンゴと、現在ではジャズ・ヴァイオリニストの巨匠と言われているステファン・グラッペリを中心に1934年に結成されました。それまで伴奏を務めることが大半だったギターを"メロディー楽器"として用いて、ソロのアドリブ演奏などを担わせた彼らのスタイルは、その後のギター(入りバンド)音楽に多大な影響を与えることとなります(同時期にはアメリカのジャズ・ギタリスト、チャーリー・クリスチャンも同じ試みをしていました)。

ジャンゴをオマージュした作品はいくつかありますが、もっとも著名なものが、レオ・ブローウェル(1939-)による〈ジャンゴ・ラインハルトの主題による変奏曲〉です。ナチス・ドイツの占領下だった1940年のフランスで、10万枚のヒットを飛ばし国民の心の支えとなったと言われるジャンゴの代表作〈ヌアージュ(雲)〉を主題に、ブーレ、サラバンド、ジーグ、即興曲、間奏曲、トッカータの6つの変奏からなります。最後のトッカータでは激しいバルトーク・ピッチカートとミニマル風な展開というブローウェルらしい音楽性が遺憾なく発揮されます。この作品は1984年のパリ国際ギターコンクールの課題曲として作曲されました。

このほかジャンゴをオマージュした作品としては、フランスのコンポーザー・ギタリストのピエール・ルリッシュ(1937-2008)が作曲した〈ジャンゴのための序奏とセレナード〉や、イギリスの作曲家キャリー・ブライトン(1932-2002)が書いた〈ジャンゴ・ラインハルトの想い出Op.64a〉などがあります。

また、先述の〈ヌアージュ〉は、ローラン・ディアンス(1955-)が優れたギターソロ用編曲を施していますが、さらにはそのディアンスが〈レオ・ブローウェル讃歌〉をも作曲しており、まさに世代をつなぐ「讃歌の連鎖」を見ることができます(ディアンスはその他〈フランク・ザッパ讃歌〉や〈ヴィラ=ロボス讃歌〉をはじめ、"オマージュ"を題材にした力品をいくつか残しています)。


○ウェス×デュアート

先述のチャーリー・クリスチャンから多大な影響を受けたジャズ・ギタリストに、同じくアメリカのウェス・モンゴメリー(1923-1968)がいます。彼の特徴として必ず挙げられるオクターヴ奏法の多用や親指弾きの柔らかい音色は、「メロディー楽器としてのギター」という発想を前提に成り立っています。そして、これらはすべてアドリブで弾かれるため、ギタリストには必然的に演奏テクニックに加え"作曲家"としてのセンスも求められます。

ウェスをオマージュした作品としては、代表作〈イギリス組曲Op.31〉をはじめ多数の作品をのこしたイギリスのギター作曲家ジョン・デュアート(1919-2004)の〈スア・コーザOp.52(ウェス・モンゴメリーの想い出に)〉(1972年)が挙げられます。デュアート作品の多くはクラシカルなスタイルで書かれていますが、少年時代にギターとともに学び造詣の深かった彼のジャズの素養が、わかりやすい形で活かされた作品となっています。

"スア・コーザ(sua cosa)"とはイタリア語で「彼の流儀」という意味で、ウェスの死後に発表されたソロ・ギター曲"ミ・コーザ(mi cosa)"「私の流儀」をもじったものであり、中間部ではその美しいメロディーが用いられています。優れたテクニックを持つギタリストであると同時に、魅力的な"歌いまわし"をするウェスの特徴を見事に描いていると言えます。


○ジミヘン×ドメニコーニ

わずか28年足らずという短い生涯に反して今なお史上最高のロック・ギタリストと謳われ続けているジミ・ヘンドリックス(1942-1970)は、これら「メロディー楽器としてのギター」を、抜群の音楽的センスとエフェクトの巧みな使用により極限まで突き詰めたギタリストと言えるかもしれません。歯でギターを弾いたり、ギターを燃やしたりという過激なパフォーマンスがあまりに有名なゆえ、クラシックとはもっとも縁遠いギタリストのようにも思えるかもしれませんが、楽曲中常に強い存在感を示し続ける彼のギターは、作曲家たちに強いインスピレーションを与えることでしょう。

異才のイタリア人作曲家カルロ・ドメニコーニ(1947-)が書いた〈ジミ・ヘンドリックス讃歌〉は、ゆうに15分を超える大作です。ジミヘンの代表作の1つ〈パープル・ヘイズ(紫のけむり)〉が断片的に用いられつつ、幻想的に、そして段階的に盛り上がる形で曲が展開されます。


○ユパンキ×プホール

ジミヘンと同じく左利きで、歌い手でもあるアルゼンチン・フォルクローレの巨匠アタウアルパ・ユパンキ(1908-1992)の楽曲は、使用楽器や奏法の近さからクラシックギターでも弾かれることが少なくありません。ユパンキの場合、これまでのギタリストのように派手な演奏を聴かせることはありませんが、底知れない奥深さをもったその音楽は聴く者の心に染み入ります。

アルゼンチンのコンポーザー・ギタリスト、マクシモ・ディエゴ・プホール(1957-)は、ピアソラをオマージュした〈あるタンゲーロの死に寄せる哀歌〉やフルートとギターのための〈ブエノスアイレス組曲〉など、自国の音楽文化を活かした作品を多数作曲していますが、〈ユパンキの主題による変奏曲〉もその1つと言えます。ユパンキの〈風に泣く枝(典礼のビダーラ)〉を主題に5つの変奏からなる作品で、主題曲の特徴であるタンボーラ奏法が随所で効果的に使われています。


○バーデン×イルマル

同じくガット(ナイロン)弦の優れた奏者に、ブラジルでもっとも偉大なギタリストの1人として尊敬を集めているバーデン・パウエルが挙げられます。その超絶技巧と、そこから繰り出されるエキサイティングな音楽の魅力により、彼の楽曲も、クラシックギター奏者の間でもしばしば弾かれます。

その一方、ブラジル音楽に関心の薄いクラシックギター弾きに対して"バーデン"の名を浸透させているのは、人気曲の《バーデン・ジャズ組曲》と言えるでしょう。〈シンプリシタス〉〈子守歌〉〈ロンド・ア・ラ・サンバ〉の3楽章からなるこの曲は、バーデンらしい楽しげなサンバのリズムを用いつつも、作曲家が平明に翻訳した親しみやすい曲となっています。作曲者であるチェコの名匠イジー・イルマル(1925-)は、長年プラハ音楽院で教鞭を執り、ウラジミール・ミクルカをはじめ優れたギタリストを多数輩出しています。

また、スペインの名手カルレス・トレパット(1960-)も、プレリュードとワルツからなる〈バーデン・パウエル讃歌〉を作曲しています。


○ピンク・フロイド×カステレード

これまで挙げた作品はいずれもギタリストの作曲家によって書かれていますが、非ギタリストが他ジャンルのアーティストをオマージュし成功した作品として、フランスのジャック・カステレード(1926-2014)による《2つのインベンション》の第2番〈ピンク・フロイド讃歌〉が挙げられます。ピンク・フロイドはプログレッシヴ・ロックの旗手として知られるバンドで、リーダーを務めるギタリスト、デヴィッド・ギルモア(1946-)はソロでも活発に活動、さまざまなアーティストと共演し、大きな存在感を放っています。プログレッシヴ・ロックは、エマーソン・レイク&パーマーが《展覧会の絵》(ムソルグスキー)他多数、イエスが《火の鳥》(ストラヴィンスキー)など、直接的にクラシック音楽を取り入れたり、楽器編成や様式の上でも影響を受けているジャンルですが、それがこの〈ピンク・フロイド讃歌〉では逆輸入的に取り入れられているということになります。

[参考音源・文献]CD『ギタリスト伝説――ジミ・ヘンドリックス讃歌』(福田進一)DENON COCO-73228

ggsalon2014.10.25.jpg

昨今では、ギターを純粋にクラシックから始めた方より、他のジャンルからクラシックギターに移行してきた方のほうが多いかもしれませんね。そんな、「ギター少年」時代を過ごした(あるいは継続中)の方にぜひとも聴いていただきたいコンサートです。演奏は、このようなレパートリーをかっこ良く、かつ誤魔化しなく弾きこなす新井伴典さんです。ご期待ください! ご予約はコチラから

第11回/11月29日(土)はスペイン歌曲のコンサート。歌とギター、どちらもスペイン文化に欠かせない要素ですね。ソルのセギディーリャ、グラナドスのトナディーリャ、ファリャのスペイン民謡組曲、モランテ編のカタルーニャ民謡集など、スペイン歌曲の名作を数々をご披露いただきます。演奏は、ソロだけでなくアンサンブルも素晴らしい角 圭司さんと、台湾で多大なるご活躍をされているソプラノ歌手の黄 子珊さんです。伝統的なスペイン音楽のレパートリーが好きな方、ぜひお楽しみに!

そして今年最後のGGサロンコンサートとなる第12回/12月20日(土)は、奇才ローラン・ディアンスの魅力をあますところなくお届けします! 〈リブラ・ソナチネ〉は全楽章、〈サウダージ〉は全3曲と、いつも断片的に弾かれやすい楽曲を作品全体で演奏していただくほか、海外の若手ギタリストのあいだで支持を集めている〈ワルツ・アン。・スカイ〉や〈トリアエラ〉、ディアンスのアレンジの妙が光る定番の〈フェリシダージ〉〈アルフォンシーナと海〉〈愛の讃歌〉などです! 演奏はパリ音楽院出身でディアンスとの共演経験もある松尾俊介さん。どうぞご期待ください!

(編集O)