来週の土曜日25日に開催されるサロンコンサートのお知らせです。今回で第10回目となるギター名曲講座は、ロック、ジャズ、ボサノヴァなどのクラシックのクロスオーバー作品を、実力派・新井伴典さんに披露して頂きます。伝説のギタリストたちをオマージュした"カッコイイ"楽曲の数々。ドメニコーニによる〈ジミ・ヘンドリックス讃歌〉やブローウェル〈ジャンゴ・ラインハルトの主題による変奏曲〉、さらにはディアンス〈レオ・ブローウェル讃歌〉などなど充実したプログラム。非常に貴重であると同時に、ジャンルの垣根を超えた刺激的な企画となっております。告知動画の撮影の際に私も新井さんの生演奏を少しだけ聴かせて頂きましたが、これはもう本当に「カッコイイ!」です。クラシックファンはもちろん、幅広い音楽への関心に応えることのできる素敵なリサイタルとなることは間違いありません。まだ座席に余裕ありますので、予約されていない方はコチラからどうぞ! 皆様お誘い合わせの上、是非是非ご来場ください。

 次回、第11回目となるギター名曲講座はまたまたガラッと変わって、.角 圭司さん(G)と黄 子珊さん(S)による「歌とギターのスペイン音楽」です。スペイン音楽の「粋」に触れることのできるこちらも素晴らしいコンサートとなりそうです。

★第11 回名曲講座  室内楽の夕べ~国別シリーズ Vol.3

「歌とギターのスペイン音楽」

 ギターとともにスペイン音楽にとってなくてはならないものとして「歌」があります。音楽の基本的な要素である歌はどの国でも大切なものではありますが、とりわけスペインにおいては、歌のための豊かなレパートリーを鑑みると、その重要度がいかに高いかが実感できます。

ソル ⇔ セギディーリャ


 古典派最高峰のギタリスト作曲家、フェルナンド・ソル(1778-1839)。管弦楽作品も多く手掛け、オペラ及びバレエの作曲家としても活躍したにも関わらず、彼のギター室内楽が極端に少ないことは残念でなりません。また、ソルの「スペイン風な」作品もごくわずかです。そのどちらの要素も満たす貴重な作品に、初期のスペイン時代に書かれた《12 のセギディーリャ集》があります。
 ホタやファンダンゴと並び、重要なスペインの舞曲である「セギディーリャ」については、ソル自身がルデュイ百科で「ボレロ」と比較する形で解説をしています。「セギディーリャ」はもともと詩の一形式で、7 音節と5 音節を交互に配置して4 行または7 行で書かれます。これに踊りが付けられた最初のものが「セギディーリャス・マンチェーガス」(ラ・マンチャ地方のセギディーリャス)で、18 世紀末以降主流となった舞曲「ボレロ」と結びついたものが「セギディーリャス・ボレーラス」である、とソルは説明しており、ジェファリ※ 1はソルの《12 のセギディーリャ集》もボレロを意識して作曲されたと考察しています。12 のうち9 曲がギター伴奏、2 曲がピアノ伴奏、1曲がピアノ・ギター両用となっていますが、現在では多くの場合、12 曲ともギター伴奏で弾かれます。

グラナドス ⇔ トナディーリャ

 近代スペインを代表する作曲家のエンリケ・グラナドス(1867-1916)は、ピアノ組曲(及び歌劇)《ゴイェスカス》(1911 年/1916 年)にも表われている通り、スペイン最大の画家フランシスコ・デ・ゴヤが活躍した時代のスペインに並々ならぬ憧憬を見せています。ピアノ伴奏歌曲の名作《トナディーリャ集》も同じ意向で書かれました。 「トナディーリャ」とは、18 世紀中ごろに起こった小規模な歌芝居で、もともとは幕間に差し挟まれた歌でしたが、2 人の歌手による掛け合い、数人で演じられる小音楽劇と徐々に発展していきました。その後、19 世紀に入るとトナディーリャは急速に衰退していきますが、「マホ(粋な女)とマハ(だて男)の"小唄"こそ、スペイン人たちが舞台の上ではばかりなく己を表現するための流儀をはぐくんだ、小粒でもピリリと辛いジャンル」(濱田滋郎※ 2)として、サルスエラ(後述)衰退期にあったスペインのお国ぶりを的確に表わす、グラナドスが憧れたようなゴヤの時代を象徴する文化となりました。《トナディーリャ集》は、ギターではもっぱらミゲル・リョベートが編曲した独奏用の〈ゴヤのマハ〉ばかりが弾かれますが、グラナドスのギター編曲を積極的に手掛けるホセ・デ・アスピアスによりその12 曲がギター伴奏にアレンジされています。

ファリャ ⇔ スペイン民謡


 近代スペインでもっとも重要な作曲家の1 人であるマヌエル・デ・ファリャ(1876-1946)の傑作《7 つのスペイン民謡》も、もともとはピアノ伴奏歌曲であるものの、その作品の捨てがたい魅力ゆえ、現在では様々な形態で広く演奏されています。ギター伴奏版ではリョベートに
よる編曲が作品の普及に貢献していますが、〈ムルシア地方のセギディーリャ〉を除く6 曲で構成されたパウル・コハンスキによる歌→ヴァイオリン編曲版の《スペイン民謡組曲》の貢献はさらに大きなものと言えるでしょう。
 〈ムーア人の織物〉〈ムルシア地方のセギディーリャ〉〈アストゥリアーナ〉〈ホタ〉〈ナナ〉〈カンシオン〉〈ポロ〉の7 曲からなるこの作品は、「ムルシア地方」の南東部、アストゥリアス州の北部、〈ホタ〉の発祥であるアラゴンの東部、〈ナナ〉〈ポロ〉のアンダルシアの南部と、スペインの各地の音楽素材が見事に折り合わされています。バレンシア(東)出身の父とカタルーニャ(北)出身の母を持ち、自身は港町のカディス(南)で生まれマドリッド(中央部)で学生時代を過ごしたというファリャの恵まれた経歴を思い起こさずにはいられません。

M=トローバ ⇔ サルスエラ


 〈ソナチネ〉、〈カスティーリャ組曲〉、《スペインの城》など、スペインの情緒を存分に活かして親しみやすいギター作品を多数遺したフェデリコ・モレノ=トローバ(1891-1982)は、同時にサルスエラの大家でもありました。サルスエラはスペイン語の台本よる、台詞の比重が大きいスペイン独特の伝統を持つオペラ(オペレッタ)で、現代に残る「ロマンティック・サルスエラ」は19 世紀後半から20 世紀前半に盛んに作られ、その時期が黄金期とされています(詳細は参考文献※ 2 参照)。M =トローバの時代にはやや陰りが見え始めていたサルスエラですが、それでもM =トローバは代表作の『ルイサ・フェルナンダ』をはじめ、数々のサルスエラを手掛けていきます。また、『マルチェネラ』〈ペテネラ〉のように単独で歌われる人気曲もあります。現在親しまれているサルスエラのほとんどは黄金期に作られたものだと言われますが(あるいはその状況はオペラも同じかもしれません)、衰退期に入り始めていた20 世紀サルスエラの大家が、同時に20 世紀に黄金期を迎えたギター音楽の大家でもあるという事実は、スペイン音楽における両者の重要性を物語っているようにも思えます。

 

ロドリーゴ ⇔ 古風な歌曲


 ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)は《アランフエス協奏曲》をはじめとする協奏曲や数々の独奏作品を遺した、ギターにとってなくてはならない作曲家です。そして、ギター及び自身が演奏したピアノ以外の作品では、古風な趣で書かれた歌曲にも佳作が少なくありません。《アランフエス協奏曲》で不朽の名旋律を聴かせる作曲家であればこその特性と言えるでしょう。スペインの音楽要素を活かしたロドリーゴのギター伴奏歌曲ということであれば、まっさきに挙がるのは《3つのビリャンシーコ》です。ビリャンシーコは、古くはスペインの歌曲の一形式を指しましたが、現在ではクリスマス・キャロルを意味するスペイン語として使われています。ロドリーゴは前者の意味でタイトル付けをしており、後者の意味では、アグスティン・バリオス(1885-1944)やエドゥアルド・ファルー(1923-2013)が魅力的なギター独奏作品を残しました。
 また、ギター伴奏でなければスペイン特有の音楽でもありませんが、同じくロドリーゴの新古典主義的な素養が結実した歌曲として《4 つの愛のマドリガル》もしばしば取り上げられます。〈何で顔を洗おうか〉〈君ゆえ死ぬ思い〉〈恋人よ、何処から来たの〉〈お母さん、ポプラの林へ行ってきた〉からなるこの作品は、古い時代の音楽への共感が一層伝わる荘厳で雅やかな音楽となっており、その作品の魅力ゆえギター伴奏に移して演奏されることもままあります。


モランテ ⇔ カタルーニャ民謡


 ギター独奏ではリョベート編曲のものが有名なカタルーニャ民謡集は、歌とピアノもしくはギター伴奏では、ピアニストで作曲家のガルシア・マヌエル・モランテ(1937-)による編曲が広く浸透しています。現在全部で34 曲あり、うち25 曲がモランテ自身によりギター伴奏に移して出版されています(ギタルラ社刊)。
 先のグラナドスやファリャ、ロドリーゴの作品を含め、スペイン歌曲の魅力を世界中に知らしめた偉大なソプラノ歌手として、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(1923-2005)の名を挙げないわけにはいきません。スペイン歌曲に限らず各国のオペラやドイツ・リート、古楽など膨大なレパートリーでその才能を発揮した彼女ですが、積極的に自国の音楽を紹介した功績は大きく、同い年のピアニストのアリシア・デ・ラローチャ(1923-2009)と並んで、20 世紀スペインの演奏家の中で欠かすことのできない存在となっています。ロス・アンヘレスのピアノ伴奏をしばしば務めたのがモランテで、彼編曲のカタルーニャ民謡集もロス・アンヘレスの歌声とともに広まりました。ギターでも人気の〈聖母の御子〉〈盗賊の歌〉〈アメリアの遺言〉、そして〈鳥の歌〉など数々の聴き馴染んだカタルーニャ民謡が収められています。
 ところで、ロス・アンヘレスはアンコールでギターの"弾き語り"をすることがたびたびあったという有名な話があります。スペイン歌曲を極めた彼女の飾り気ないその姿こそ、もしかしたら今回言及したような「歌とギターのスペイン音楽」をもっとも自然な形で表わしていると言えるのかもしれません。

[参考文献]※ 1:B. ジェファリ著/濱田滋郎訳『フェルナンド・ソル――動乱の時代を生きた不滅のギタリスト』(現代ギター社)
※ 2:濱田滋郎『スペイン音楽のたのしみ』(音楽之友社)

ggsalon2014.11.29_jpg

そして今年最後のGGサロンコンサートとなる第12回/12月20日(土)は、奇才ローラン・ディアンスの魅力をあますところなくお届けします! 〈リブラ・ソナチネ〉は全楽章、〈サウダージ〉は全3曲と、いつも断片的に弾かれやすい楽曲を作品全体で演奏していただくほか、海外の若手ギタリストのあいだで支持を集めている〈ワルツ・アン。・スカイ〉や〈トリアエラ〉、ディアンスのアレンジの妙が光る定番の〈フェリシダージ〉〈アルフォンシーナと海〉〈愛の讃歌〉などです! 演奏はパリ音楽院出身でディアンスとの共演経験もある松尾俊介さん。どうぞご期待ください!

(編集T)