第11回ギター名曲講座

新井伴典さんのリハーサルの動画はご覧いただきましたか?他ジャンルとのクロスオーバー作品はカッコイイ曲が多いですよね!作品ひとつひとつはスパイス的にコンサートで弾かれることも少なくないと思いますが、まとめて聴くことができるのは貴重だと思います。伝説のギタリストたちをオマージュした、まさしく「ギターらしい」楽曲の数々を、新井さんの絶妙な演奏でお楽しみください! ご予約はコチラから

第11回は王道のスペインものです。と言っても今回はソロではなく歌とギターで演奏される作品を集めました。多様なスペイン音楽の諸形式がふんだんに使われているので、ぜひそれぞれの作品を聴き比べてみてください!


★第11回ギター名曲講座
室内楽の夕べ~国別シリーズ ~ Vol.3
「歌とギターのスペイン音楽」

ギターとともにスペイン音楽にとってなくてはならないものとして「歌」があります。音楽の基本的な要素である歌はどの国でも大切なものではありますが、とりわけスペインにおいては、歌のための豊かなレパートリーを鑑みると、その重要度がいかに高いかが実感できます。

ソル ⇔ セギディーリャ

古典派最高峰のギタリスト作曲家、フェルナンド・ソル(1778-1839)。管弦楽作品も多く手掛け、オペラ及びバレエの作曲家としても活躍したにも関わらず、彼のギター室内楽が極端に少ないことは残念でなりません。また、ソルの「スペイン風な」作品もごくわずかです。そのどちらの要素も満たす貴重な作品に、初期のスペイン時代に書かれた《12のセギディーリャ集》があります。

ホタやファンダンゴと並び、重要なスペインの舞曲である「セギディーリャ」については、ソル自身がルデュイ百科で「ボレロ」と比較する形で解説をしています。「セギディーリャ」はもともと詩の一形式で、7音節と5音節を交互に配置して4行または7行で書かれます。これに踊りが付けられた最初のものが「セギディーリャス・マンチェーガス」(ラ・マンチャ地方のセギディーリャス)で、18世紀末以降主流となった舞曲「ボレロ」と結びついたものが「セギディーリャス・ボレーラス」である、とソルは説明しており、ジェファリ(※1)はソルの《12のセギディーリャ集》もボレロを意識して作曲されたと考察しています。12のうち9曲がギター伴奏、2曲がピアノ伴奏、1曲がピアノ・ギター両用となっていますが、現在では多くの場合、12曲ともギター伴奏で弾かれます。

グラナドス ⇔ トナディーリャ

近代スペインを代表する作曲家のエンリケ・グラナドス(1867-1916)は、ピアノ組曲(及び歌劇)《ゴイェスカス》(1911年/1916年)にも表われている通り、スペイン最大の画家フランシスコ・デ・ゴヤが活躍した時代のスペインに並々ならぬ憧憬を見せています。ピアノ伴奏歌曲の名作《トナディーリャ集》も同じ意向で書かれました。

「トナディーリャ」とは、18世紀中ごろに起こった小規模な歌芝居で、もともとは幕間に差し挟まれた歌でしたが、2人の歌手による掛け合い、数人で演じられる小音楽劇と徐々に発展していきました。その後、19世紀に入るとトナディーリャは急速に衰退していきますが、「マホ(粋な女)とマハ(だて男)の"小唄"こそ、スペイン人たちが舞台の上ではばかりなく己を表現するための流儀をはぐくんだ、小粒でもピリリと辛いジャンル」(濱田滋郎※2)として、サルスエラ(後述)衰退期にあったスペインのお国ぶりを的確に表わす、グラナドスが憧れたようなゴヤの時代を象徴する文化となりました。

《トナディーリャ集》は、ギターではもっぱらミゲル・リョベートが編曲した独奏用の〈ゴヤのマハ〉ばかりが弾かれますが、グラナドスのギター編曲を積極的に手掛けるホセ・デ・アスピアスによりその12曲がギター伴奏にアレンジされています。

ファリャ ⇔ スペイン民謡

近代スペインでもっとも重要な作曲家の1人であるマヌエル・デ・ファリャ(1876-1946)の傑作7つのスペイン民謡も、もともとはピアノ伴奏歌曲であるものの、その作品の捨てがたい魅力ゆえ、現在では様々な形態で広く演奏されています。ギター伴奏版ではリョベートによる編曲が作品の普及に貢献していますが、〈ムルシア地方のセギディーリャ〉を除く6曲で構成されたパウル・コハンスキによる歌→ヴァイオリン編曲版の《スペイン民謡組曲》の貢献はさらに大きなものと言えるでしょう。

〈ムーア人の織物〉〈ムルシア地方のセギディーリャ〉〈アストゥリアーナ〉〈ホタ〉〈ナナ〉〈カンシオン〉〈ポロ〉の7曲からなるこの作品は、「ムルシア地方」の南東部、アストゥリアス州の北部、〈ホタ〉の発祥であるアラゴンの東部、〈ナナ〉と〈ポロ〉のアンダルシアの南部と、スペインの各地の音楽素材が見事に折り合わされています。バレンシア(東)出身の父とカタルーニャ(北)出身の母を持ち、自身は港町のカディス(南)で生まれマドリッド(中央部)で学生時代を過ごしたというファリャの恵まれた経歴を思い起こさずにはいられません。

M=トローバ ⇔ サルスエラ

ソナチネ〉、〈カスティーリャ組曲〉、《スペインの城》など、スペインの情緒を存分に活かして親しみやすいギター作品を多数遺したフェデリコ・モレノ=トローバ(1891-1982)は、同時にサルスエラの大家でもありました。サルスエラはスペイン語の台本よる、台詞の比重が大きいスペイン独特の伝統を持つオペラ(オペレッタ)で、現代に残る「ロマンティック・サルスエラ」は19世紀後半から20世紀前半に盛んに作られ、その時期が黄金期とされています(詳細は参考文献※2参照)。

M=トローバの時代にはやや陰りが見え始めていたサルスエラですが、それでもM=トローバは代表作の『ルイサ・フェルナンダ』をはじめ、数々のサルスエラを手掛けていきます。また、『マルチェネラ』の〈ペテネラ〉のように単独で歌われる人気曲もあります。現在親しまれているサルスエラのほとんどは黄金期に作られたものだと言われますが(あるいはその状況はオペラも同じかもしれません)、衰退期に入り始めていた20世紀サルスエラの大家が、同時に20世紀に黄金期を迎えたギター音楽の大家でもあるという事実は、スペイン音楽における両者の重要性を物語っているようにも思えます。

ロドリーゴ ⇔ 古風な歌曲

ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)は《アランフエス協奏曲》をはじめとする協奏曲や数々の独奏作品を遺した、ギターにとってなくてはならない作曲家です。そして、ギター及び自身が演奏したピアノ以外の作品では、古風な趣で書かれた歌曲にも佳作が少なくありません。《アランフエス協奏曲》で不朽の名旋律を聴かせる作曲家であればこその特性と言えるでしょう。

スペインの音楽要素を活かしたロドリーゴのギター伴奏歌曲ということであれば、まっさきに挙がるのは《3つのビリャンシーコ》です。ビリャンシーコは、古くはスペインの歌曲の一形式を指しましたが、現在ではクリスマス・キャロルを意味するスペイン語として使われています。ロドリーゴは前者の意味でタイトル付けをしており、後者の意味では、アグスティン・バリオス(1885-1944)やエドゥアルド・ファルー(1923-2013)が魅力的なギター独奏作品を残しました。

また、ギター伴奏でなければスペイン特有の音楽でもありませんが、同じくロドリーゴの新古典主義的な素養が結実した歌曲として《4つの愛のマドリガル》もしばしば取り上げられます。〈何で顔を洗おうか〉、〈君ゆえ死ぬ思い〉、〈恋人よ、何処から来たの〉、〈お母さん、ポプラの林へ行ってきた〉からなるこの作品は、古い時代の音楽への共感が一層伝わる荘厳で雅やかな音楽となっており、その作品の魅力ゆえギター伴奏に移して演奏されることもままあります。

モランテ ⇔ カタルーニャ民謡

ギター独奏ではリョベート編曲のものが有名なカタルーニャ民謡集は、歌とピアノもしくはギター伴奏では、ピアニストで作曲家のガルシア・マヌエル・モランテ(1937-)による編曲が広く浸透しています。現在全部で34曲あり、うち25曲がモランテ自身によりギター伴奏に移して出版されています(ギタルラ社刊)。

先のグラナドスやファリャ、ロドリーゴの作品を含め、スペイン歌曲の魅力を世界中に知らしめた偉大なソプラノ歌手として、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(1923-2005)の名を挙げないわけにはいきません。スペイン歌曲に限らず各国のオペラやドイツ・リート、古楽など膨大なレパートリーでその才能を発揮した彼女ですが、積極的に自国の音楽を紹介した功績は大きく、同い年のピアニストのアリシア・デ・ラローチャ(1923-2009)と並んで、20世紀スペインの演奏家の中で欠かすことのできない存在となっています。ロス・アンヘレスのピアノ伴奏をしばしば務めたのがモランテで、彼編曲のカタルーニャ民謡集もロス・アンヘレスの歌声とともに広まりました。ギターでも人気の〈聖母の御子〉や〈盗賊の歌〉、〈アメリアの遺言〉、そして〈鳥の歌〉など数々の聴き馴染んだカタルーニャ民謡が収められています。

ところで、ロス・アンヘレスはアンコールでギターの"弾き語り"をすることがたびたびあったという有名な話があります。スペイン歌曲を極めた彼女の飾り気ないその姿こそ、もしかしたら今回言及したような「歌とギターのスペイン音楽」をもっとも自然な形で表わしていると言えるのかもしれません。

[参考文献]
※1:B.ジェファリ著/濱田滋郎訳『フェルナンド・ソル――動乱の時代を生きた不滅のギタリスト』(現代ギター社)
※2:濱田滋郎『スペイン音楽のたのしみ』(音楽之友社)

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クラシックギターによってスペイン音楽が重要であるのはもちろんですが、ソロだけでなく、ギター伴奏による歌曲も魅力たっぷりですよね! 演奏は、ソロもアンサンブルも自在に弾きこなし多方面で活躍している角 圭司さんと、角さんのアメリカ留学時代の朋友で現在は国立台南芸術大学で教授を務めるソプラノの黄 子珊さんです!ぜひお楽しみに!ご予約はコチラ!

そして第12回/12月20日(土)は大人気のローラン・ディアンスのトリビュート・コンサート!〈リブラ・ソナチネ〉全楽章、〈サウダージ〉全3曲は必聴です! 〈ワルツ・アン・スカイ〉や〈トリアエラ〉など特に若手の間で人気の高い作品のほか、〈フェリシダージ〉〈アルフォンシーナと海〉〈エル・チョクロ〉〈愛の讃歌〉と言った、クラシック以外のさまざまなジャンルのアレンジ作品も予定しています!演奏は本シリーズ2度目の登場となる松尾俊介さん。ご期待ください!

(編集O)