第5回ギター名曲講座

本誌&ブログとコンサートの連動でお送りしているこの企画も、現在3回を終えました。かなり内容を絞っているので、それを楽しんでくださる方がどれくらいいらっしゃるかいつもハラハラしているのですが(笑)、どの回もお客様から大満足のお声をいただいております!

さて、今週の27日(日)には、昨年初のソロCD『オメナヘス』をリリースした気鋭の井上仁一郎さんによる、タレガの高弟たちの作品を集めたコンサートが開催されます。注目は何と言ってもリョベートの人気作品《カタルーニャ民謡集》13曲全曲!録音はたくさんありますが、実演で一挙に聴けることはそう多くないと思います。その他にもプジョールやフォルテアの代表作を集めた聴き応えのある内容ですので、ぜひご来場ください!チケット予約はコチラから

第5回はお馴染み松尾俊介さんと、フルートのyumiさんによるコンサート。ギターとフルートと言えば超名曲の......となりそうなところですが、今回は一味違ったアプローチをしています。どういうことでしょう?


★第5回ギター名曲講座
室内楽の夕べ~国別シリーズ~ Vol.2
「国境なきイタリア人たちのソナタ
――フルートとギターのための作品を辿る」


音量、音域、音色、あらゆる点でギターとのバランスがとりやすいフルートは、ギターと最も相性の良い楽器の一つです。そのためピアソラの有名な〈タンゴの歴史〉を筆頭に、このアンサンブルのための名曲は少なくありません。ですが今回はあえて、「イタリア人作曲家」というテーマに絞って、いくつかの作品を史的に見てみましょう。


アンナ・ボン・ディ・ヴェネツィア(ca.1739~?)

音楽関係者の両親の下に生まれた女性作曲家アンナ・ボンは、出身地を冠してアンナ・ボン・ディ・ヴェネツィアとも呼ばれます。彼女に関する資料は多くありませんが、ヴィヴァルディが務めていたことで当時広く名声を博したピエタ慈善院に4歳で入学し、1756年にはドイツ・バイロイトのブランデンブルク=クルムバハ辺境伯フリードリヒに両親とともに仕え「室内楽ヴィルトゥオーサ」の称号を得たという記録を見る限り、非常に才能に恵まれた音楽家であったことがわかります。同年、そのフリードリヒに献呈した〈フルート(トラヴェルソ)と通奏低音のための6つのソナタOp.1〉がニュルンベルクのバルタザール・シュミットから出版されました。口絵には当時彼女がわずか16歳であったことが記されています。その後もアイゼナハのエステルハージ家での宮仕えやヒルトブルクハウゼンでの結婚などドイツ内を転々としますが、後半生の消息はわかっていません。

ボンは生年を考えると古典派に属する作曲家のように思われますが、残した作品は後期バロック時代の趣きを色濃く残した前古典派的な仕上がりになっています。例えば〈フルート・ソナタOp.1〉の第1番は、第1楽章アダージョ第2楽章アレグロ第3楽章プレストの3楽章からなる作品ですが、いずれも単純な三部形式とホモフォニックな書法により成り立っており、バロックと古典派の過渡期のドイツ音楽、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツやカール・フィリップ・エマヌエル・バッハのような作風を思い起こさせます。この作品は現在チェンバロ伴奏で弾かれることが多いものの、自在に躍動するフルートとそれを優雅に支える通奏低音が紡ぎだす音楽の魅力は捨てがたく、優れたギター伴奏譜が定番化すれば格好のギター・レパートリーにもなり得るでしょう。


マウロ・ジュリアーニ(1781~1829)

フェルナンド・ソルと並び称される古典派最高峰のギタリスト、マウロ・ジュリアーニ。2人の作品は今なおギター・レパートリーの重要な一角を担っていますが、ソルがその高い作曲能力にも関わらず室内楽作品をほとんど残さず、ギターの独奏と二重奏にしか作品番号を与えなかったのに対し、ジュリアーニがいくつもの優れたギター室内楽、そして3つのギター協奏曲を意欲的に残したのはギター音楽にとって大きな財産となりました。

ジュリアーニがフルートとギターのために書いた作品の中でも特に規模の大きい〈協奏風大二重奏曲Op.85〉は、典型的な古典派のソナタの様式で書かれた4楽章の作品で、1817年にアルタリアから出版されました。再現部第1主題を省略した簡素なソナタ形式で書かれた軽快な第1楽章アレグロ・マエストーソ、ギターの伴奏が表情豊かな変化を醸し出す第2楽章アンダンテ・モルト・ソステヌート、躍動感溢れる第3楽章スケルツォ・ヴィヴァーチェとトリオ、第1楽章より趣向を凝らしたソナタ形式で書かれた8分の6拍子の第4楽章アレグレット・エスプレシーヴォからなります。ジュリアーニ作品中、複数楽章のソナタは独奏では〈ソナタOp.15〉の1曲のみですが、さらに大規模なこの作品が強い意欲の下で作られたであろうことは疑いありません。1806年から1819年の13年にわたってウィーンで活躍した、古典派を代表するジュリアーニらしい充実した内容を誇っています。

協奏風大二重奏曲「軍隊風ロンド付き」Op.52〉も同じくアルタリアから、1814年に出版されました。こちらは優美で穏やかな第1楽章アンダンテ・ソステヌート第2楽章メヌエットとトリオ、そして曲の中核をなす第3楽章軍隊風ロンドからなります。不可思議にも見えるこの構成は、4楽章構成のソナタ(急―緩―舞―急)の第1楽章(ソナタ形式)を欠いた形で作られていることがわかります。これは、モーツァルトの有名な〈ピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」K.331〉(1789年/アルタリア)と同じ構成です。また、同じくソナタ形式を欠いたソナタとしてベートーヴェンの〈ピアノ・ソナタ第12番「葬送」Op.26〉(1802年/カッピ)も挙げられます。一見すると重要度が低いように思えるこのジュリアーニ作品は、一方でウィーン古典派の影響関係が如実に表われた、彼の作風を知る上で欠かすことのできない重要な作品と言えるでしょう。


マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ(1895~1968)

ポンセ、トゥリーナ、M=トローバ、タンスマン、モンポウなどセゴビアとの出会いがきかっけでギター作品を書き、名曲を残した作曲家は少なくありません。ですが、彼らと同じ経緯でギターに接近しながらもC=テデスコが後世に残したものは、作品の良し悪しとは別次元でもう1つの画期的な側面を持ち合わせています。

セゴビアが「独奏楽器としてのギターの地位」に強いこだわりがあったために、前述した作曲家たちはギターと他楽器のための室内楽作品を手掛けることがほとんどなく、またヴィラ=ロボスやロドリーゴなど必ずしもセゴビアと強固な関係があったわけではない作曲家にしても状況は同じでした。そんな中で、C=テデスコがギター室内楽の分野においていくつもの作品を残したことは、前述のジュリアーニ同様ギターにとって大きな財産となっています。当のセゴビアの要望によって書かれた〈ギター五重奏曲Op.143〉(G、SQ)と〈幻想曲Op.145〉(Pf、G)のほか、〈ロマンセロ・ヒターノOp.152〉(合唱、G)、〈プラテーロと私Op.190〉(朗読、G)、〈ソナティナOp.205〉(Fl、G)、〈エクローグOp.206〉(Fl、G、E.Hr)が、ギターの室内楽レパートリーをより豊かなものにしています。

1965年に作曲され、C=テデスコの死後1969年に出版、オーストリアの名手コンラート・ラゴスニックと、同国出身のフルーティストのヴェルナー・トリップに献呈された〈ソナティナOp.205〉は、このアンサンブルのために書かれたものの中でも特に演奏機会の多い作品です。第1楽章アレグレット・グラツィオーソは、フランス印象主義の影響を感じさせるペンタトニックと、フルートとギターが織りなすカノン風な主題が巧みに交錯するソナタ形式。第2楽章シチリアーナでは、〈ソナタ「ボッケリーニ讃歌」Op.77〉の同楽章にも聴かれるような抒情性に富んだ甘美なメロディーが聴き手を魅了し、第3楽章スケルツォ・ロンドでは切迫感のある主題が第1楽章同様にカノン風に展開されます。C=テデスコの晩年に書かれたこの作品は、彼のアメリカ移住後のキャリアの中心である映画音楽の影響が強く感じられ、まるで目の前に活き活きとした映像が浮かんでくるような独特なキャラクター性を帯びています。


カルロ・ドメニコーニ(1947~)

現在世界的に活躍するコンポーザー・ギタリストのカルロ・ドメニコーニは、トルコ音楽の影響が強い〈コユンババOp.19〉や〈アナトリア民謡の主題による変奏曲Op.15〉、ジャズの感性を活かしてガーシュウィンをオマージュした〈トッカータ・イン・ブルーOp.88〉など、数々の個性的な作品で多大な人気を獲得しています。

ドメニコーニがフルートとギターのために書いた最初の作品、〈ソナティナ・メヒカーナOp.30〉(1986年/ドイツ・マルゴー出版)は7分ほどの小規模な作品ですが、ドメニコーニらしい親しみやすい曲調を持っており、様々なギタリストに取り上げられています。第1楽章アレグロ・モデラート第2楽章アンダンテ第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェからなるこの曲は、もはやソナタ形式の楽章を一切含みません。作曲家によると、パーティで騒ぐ近隣の喧噪から気を紛らわすために弾いていたエクササイズが基になって曲が出来たそうですが(※作曲家公式HP作品リスト参照)、いかにもギターのエクササイズらしい即興的なモチーフが第1楽章と第3楽章に共通して表われます。タイトルにある「メキシコ風」の意図は明らかではありませんが、陽気に交わされるフルートとギターの対話は、まるでパーティ会場で楽しげに交流する男女のようにも聴こえるかもしれません。


以上のように、イタリア人作曲家の残したフルートとギターのための作品を見ると、偶然にも時代ごとの「ソナタ」の違いを垣間見ることができます。独奏では制約の多いギターが、フルートという格好の相方を得ることで飛躍的に表現力を増すことができる好例と言えるでしょう。また、一般には「オペラの国」と思われがちなイタリアは、ギターにとっては、他国の音楽を咀嚼しつつ価値ある作品を多数生み出し続けてくれる「国境を超える器楽の国」という側面を見せてくれます。

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ジュリアーニの〈協奏風~〉2曲とC=テデスコという重量プログラムに加えて、比較的珍しいドメニコーニや大変珍しいアンナ・ボンも聴けるコンサートとなっております!実力抜群のお二人の演奏もお楽しみいただけること間違いなしですので、ぜひお越しください!ご予約はコチラから

第6回/6月28日(土)はレオナルド・ブラーボさん。プログラムはポンセ〈ソナタ・ロマンティカ〉、モンポウ〈コンポステラ組曲〉、タンスマン〈スクリャービンの主題による変奏曲〉および〈カヴァティーナ組曲〉。こう聞いただけでもわくわくしませんか?キーワードは「ピアノ」です。そしてブラーボさんには、そのずば抜けた音楽性と美しい音色をこのプログラムで存分に発揮していただきます!ご注目ください!

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そして後半戦突入の第7回/7月26日(土)は、山田 岳さんによるバッハとド・ヴィゼーです。演奏家と作曲家の組み合わせが意外なら、作曲家同士の組み合わせも意外に思えるかもしれませんが、それだけに、刺激に満ちた新鮮な内容になることでしょう。当シリーズ唯一のバロック音楽プログラムですのでぜひご期待ください! 気になる曲目は来月公開します!

第8回/8月30日(土)は、なんと久々の復活!新井伴典さん、坪川真理子さん、キム・ヨンテさんからなるアルポリール・ギタートリオの公演です!大人気の佐藤弘和作品を、このトリオのための書かれた〈鳥の詩〉をはじめ、ソロの〈季節をめぐる12の歌〉や〈秋のソナチネ〉、デュオの〈風がはこんだ4つの歌〉など縦横無尽に弾いていただきます!

(編集O)