第6回ギター名曲講座

さて、恒例となったこのシリーズのコンサート、今週の31日(土)には最近ブログでお知らせしてきた通り松尾俊介さんとフルートのyumiさんによるコンサートが行なわれます。予約ページの動画をご覧いただければわかると思いますが、実力抜群&息ぴったりのお二人です。そんなお二人に、普段はめったいに聴くことのできないような骨のあるプログラムを演奏していただくので、面白いコンサートになること間違いなしです!お聴き逃しなく!

第6回はレオナルド・ブラーボさんによる20世紀プログラムのコンサート。一見よくあるセゴビア・レパートリーかと思いきや、実は少し捻ったアイディアが織り込んであります。さて、そのアイディアとは......

★第6回ギター名曲講座
時代の音を聴く Vol.2
「ギター音楽のピアニズム~セゴビアを讃えて」

ギターにとっても重要なレパートリーであるスカルラッティのチェンバロのためのソナタの数々、むしろギターでこそ頻繁に演奏されてきたアルベニスやグラナドスのピアノ作品、タレガが編曲したショパン、シューマン、メンデルスゾーンなどのロマン派ピアノ作品......。非ギタリスト作曲家によってギター作品が生み出されるようになる以前の時代で、豊穣な鍵盤音楽のレパートリーがギターにもたらしてくれるものは少なくありません。しかし、ギターのための作品が充実した20世紀以後では、そのような「編曲もの」は目立った作品がほとんどなくなります。その一方で20世紀以降でも、ギター・オリジナル作品にこそ息づいている鍵盤音楽からの影響があり、それがギター音楽の幅を広げていることを読み取ることもできます。今回は、20世紀に膨大なギター・オリジナル作品が生み出される契機を作った最大の立役者である巨匠アンドレス・セゴビアと、彼との共同作業によりギター作品を生み出した3人のピアニスト作曲家たちの関係から、20世紀ギター作品に見え隠れするピアノ音楽の影を辿っていきましょう。


マヌエル・マリア・ポンセ(1882~1948)

セゴビアのためにギター作品を書いたあまたの作曲家の中でも、とりわけセゴビアを夢中にさせ、親密な関係を築いたのがメキシコのマヌエル・マリア・ポンセでした。ポンセの作品は、同時代のトゥリーナやヴィラ=ロボス、C=テデスコなど比べるとギタリスティックな派手さは少ないものの、独特の色彩感と歌心をギターならではの方法で聴かせてくれ、その音楽性がセゴビアを魅了していたと考えられます。同時にポンセは優れたピアニストでもあり、残したピアノ作品は数多く、自身の〈ピアノ協奏曲〉の初演も自ら行なうほどでした。

精力的に取り組んだソナタや変奏曲、擬似バロック的な組曲やロマンティックな小品、民謡など、魅力的なポンセのギター作品は語り尽くせないほどにありますが、ここでは「ピアニズム」という観点に基づき、〈ソナタ・ロマンティカ〉を取り上げます。「シューベルトを讃えて」という副題の添えられたこの作品は、形式や書法の面で部分的にシューベルト(のピアノ・ソナタ)を意識していると言えるかもしれませんが、聴こえてくる音楽にはまぎれもなくポンセ自身の個性が散りばめられています。

技術的な面でギターの限界をいつも考慮していたポンセが、この〈ソナタ・ロマンティカ〉はやや違う経緯で作ったということが、セゴビアがポンセに宛てた手紙からわかります。『そしてギターに絶望してしまった。不可能だ。きみの音楽で初めてのことだ!(中略)これをどう編曲するつもりだい? わたしは本当に絶望しているんだ。だって、どうしようもなくこれが気に入っているんだから』(1928年9月31日/ジュネーヴ)。そして実は、セゴビアが「どうしょうもなくこれが気に入った」きっかけ、最初に耳にした演奏こそが、ポンセによるピアノでの演奏だったのです。『マヌエルはわたしと一緒です。わたしたちはMark Malaun通りへ行き、そこでかれが〈シューベルトに捧げるソナタ〉を聴かせてくれました。わたしはそれに打ちのめされました』(1928年9月5日/メキシコに一時帰国したポンセの妻クレマに宛てたセゴビアの手紙)。また、後にセゴビアはこの曲のピアノ独奏用の編曲も依頼しています。

セゴビアを「ピアノの演奏によって」魅了させたこの曲は、近年ポンセ自筆譜の発見によってふたたび脚光を浴びていますが、残念ながらセゴビアが難しさを嘆いている第4楽章だけは発見されていません。巧みな主題操作と対位法で書かれた第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ、センプリチェ、ポンセらしい美しい旋律を聴かせる第2楽章アンダンテ、主部と中間部の対比が見事な第3楽章モマン・ムジカル、ヴィーヴォ(※「楽興の時」と訳される)、複雑な三部形式ともリトルネロ形式とも変則的なソナタ形式とも言える独特な様式と連続6和音の圧倒的なクライマックスを持つ第4楽章アレグロ・ノン・トロッポ・エ・セリオーソ。ギター作品がピアノ編曲で弾かれる例が稀にありますが、もしかしたらこの〈ソナタ・ロマンティカ〉も、その試みに合致するものの1つと言えるかもしれません。


フェデリコ・モンポウ(1893~1987)

セゴビアと同年に生まれ、同年同月に没したスペイン・バルセロナの作曲家モンポウもまた、その個性を存分に発揮した優れたギター作品を残しました。モンポウの作風はしばしば「内省的」「繊細」などと形容され、機微に触れた音楽表現から「ピアノの詩人」と称されることもあります。また、鐘の音を模した響きやオスティナートが特徴とされますが、それはフランス系の血を持つ母方の家系が代々教会の鐘つくりを営んでいたことと関係していると考えられています。

音楽評論家の濱田滋郎氏は、モンポウがピアノを「余韻の楽器」として扱った「詩情と余韻の作曲家」だと論じています。同じく音の減衰する楽器であるギターの作曲においても、モンポウが"余韻"を追求していたことが《コンポステラ組曲》を一聴すると実感できるでしょう。「金属和音」などの特異な和声感覚やフランス音楽からの影響で語られがちなモンポウですが、もっと根源的に、音の余韻の中に彼独特の音楽性が宿されているということが、ピアノ作品にもギター作品にも共通して表われています。また、優れたピアニストでもあったモンポウの自作自演の音源からも、そのような彼の音楽性を聴くことができるでしょう。

巡礼路の終着点として有名なガリシア地方の古都サンティアゴ・デ・コンポステラで開かれる「スペイン音楽講習会」は、セゴビアの呼びかけにより1958年に創設されて以来、今なお続く伝統ある講習会となっています。そこに講師として参加したモンポウが、セゴビアの依頼により1962年に書き上げたのが《コンポステラ組曲》です。カンパネラ奏法と旋法の使用が巧みな〈プレリュード〉、宗教歌の趣がある〈コラール〉、3拍子の子守歌〈ゆりかご〉、和声的に比較的強いテンションを持つ〈レチタティーヴォ〉、牧歌的な〈カンシオン(歌)〉、そして組曲中唯一活発な曲調であるガリシア地方の舞曲〈ムイニェイラ(水車小屋の踊り)〉、という6篇の小品はいずれも、長い作曲家人生の中で編み出されたモンポウ独自の響きと余韻を楽しませてくれます。


アレクサンドル・タンスマン(1897~1986)

ポーランド出身で後にパリで生活を送ったタンスマンは、作曲家としてだけでなく、コンクールの審査員や講習会などでもギター界と深い関わりを持ちました。

タンスマンをギターの世界で有名にしている作品は疑いなく《カヴァティーナ(組曲)》(1950)でしょう。当時すでに音楽界での地位を確立していたタンスマンに、1951年に行なわれるキジアーナ音楽アカデミーの国際ギター音楽作曲コンクールに参加するようにセゴビアが勧め、《カヴァティーナ》は見事満場一致でグランプリを受賞し、翌年にはショットから楽譜が出版されました。しかし、作曲当時は〈プレリュード〉〈サラバンド〉〈スケルツィーノ〉〈バルカローレ〉の4曲で構成されていたこの組曲は、コンサートで演奏する中で効果的な終曲の必要性を感じたセゴビアの依頼により、後に〈ダンサ・ポンポーザ〉(1952)が加えられました。今や、この曲をなしに演奏されることはほとんどありません。作曲の契機、"完成"までの経緯、いずれもこの作品の成立はセゴビアなくしてはありえませんでした。また、作品の内容もタンスマンはかなりギターに寄り添って書いたと言えるでしょう。これ以降、タンスマンは次々とギター作品を生み出していくこととなります。

一方、同じくセゴビアの依頼によって書かれながらも、よりタンスマンのピアニスティックな側面が表われた作品に〈スクリャービンの主題による変奏曲〉(1972)が挙げられます。主にピアノ作品で著名な近代ロシアの作曲家、アレクサンドル・スクリャービンが作曲したピアノのための〈5つの前奏曲Op.16〉の第4曲をセゴビアが気に入っており、自身でも編曲して演奏していました。彼はこれを主題に変奏曲を作るようにタンスマンに依頼しましたが、当時78歳のセゴビアが白内障を患ったために、作品の完成に向けては弟子のコンパニーが協力することになりました。そのため、この作品はタンスマンがセゴビア以外のギタリストと初めて組んだギター曲となったものの、それがかえってタンスマンの音楽性を色濃く反映する結果になったと言えます。主題と6つの変奏からなるこの作品は、凝った和音付けと対位法的処理が弾き手に一方ならぬ困難を与えますが、同時に得も言われぬ神秘的な美しさも感じさせてくれます。


参考文献
『現代ギター』1994年11月臨時増刊号「ポンセとギター」
1999年12月臨時増刊号「タンスマンとギター」
モンポウ《インプロペリア》公演解説(濱田滋郎/2012年9月1日東京オペラシティ)

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民族色の強い中南米音楽を得意とするブラーボさんにはめずらしいほど、クラシカルな作品ばかりを集めたプログラムとなっております。ですが、美しい音色と歌心が必要とされるこれらの作品、ブラーボさんなら十二分に魅力を引き出してくれるのは疑いありません!コンサートのご予約はコチラからどうぞ!

第7回/7月26日(土)は、山田 岳さんによる当シリーズ唯一のバロック音楽プログラム。宗教的背景や信仰心が重要となるバッハの音楽と、ルイ14世時代の宮廷文化が重要となるド・ヴィゼーの音楽を、コントラストをつけて構成しました。現代音楽でないレパートリーを披露する山田 岳さんにご期待ください!

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第8回/8月30日(土)は久々の復活、アルポリール・ギタートリオの公演です。メンバーのキム・ヨンテさん、新井伴典さん、坪川真理子さんはご存じの通り多大なご活躍をされていますが、この日3人がGGサロンに集結します!アルポリール・ギタートリオのための書かれた〈鳥の詩〉、ソロの〈季節をめぐる12の歌〉と〈秋のソナチネ〉、デュオの〈風がはこんだ4つの歌〉という佐藤弘和人気作品をたっぷりご披露いただきます。キーワードは"自然"!

第9回/9月27日(土)は、3月の室内楽のコンサートでもご出演いただいた益田正洋さん。内容はいたってシンプル、古典派のソナタです。ソルの2つのグランド・ソナタとジュリアーニのソナタOp.15を含む、これまた超重量のコンサートとなります。想像しただけでもワクワクしますね~。ぜひご期待ください!

(編集O)