第7回ギター名曲講座

いよいよ今週の土曜日、28日にはレオナルド・ブラーボさんによるコンサート「ギター音楽のピアニズム」が行なわれます。昨日、今日とGGサロンで練習されているのをお聴きしましたが、ブラーボさんらしい美しい音色と歌心で本当に素晴らしい演奏でした! いずれも名曲なので、それぞれの作品は他で聴く機会もあるかもしれませんが、ブラーボさんのハイレベルな演奏でまとめて聴ける機会はめったにないはずです!ぜひお聴き逃しなく!!プログラム&ご予約はコチラ

そして第7回は、こちらも珍しい山田 岳さんによるバッハとド・ヴィゼーのバロック・コンサートです。曲目は耳馴染みのあるものばかりですが、あえてこの2人を同時に取り上げるのはなぜかというと......


★第7回ギター名曲講座
時代の音を聴く Vol.3
「神のための音楽、王のための音楽~バッハとド・ヴィゼー」


今日では古楽の研究は目覚ましい発達を遂げ、その時代に即した演奏法やオリジナル楽器、そして優れた演奏家による音源や公演に恵まれています。そのような状況に至った今でも、ダウランドやヴァイスのリュート作品、ビウエラ作品、そして今回取り上げるド・ヴィゼーやバッハなど、古楽に分類される多くの作品がギターで愛奏さています。それはいったい何を意味するのでしょう? 今回は、バロック時代の2人の作曲家とクラシックギターとの交わりを見てみたいと思います。


ロベール・ド・ヴィゼー(ca.1650~1725)

近世フランスを統治したブルボン朝の最盛期、絶大な権力を誇ったルイ14世(1638~1715)の君臨した宮廷文化は、とてつもない財力の庇護の下に芸術家たちが集い、様々な分野で後世に影響を残しています。とりわけ音楽は、ルイ14世自身がギターとダンスの名手だったこともあって多くの作品が生み出されました。そこで活躍した代表格が、イタリア出身の音楽家ジャン=バティスト・リュリです。もともとヴァイオリンとギターの奏者だったリュリが、ルイ14世に気に入られて地位を上り詰めていく様子は、映画『Le Roi Danse(王は踊る)』(フランス・ベルギー・ドイツの合作/2000年作)に詳しく描かれています。この時期のダンスの隆盛は当時のフランスの音楽に大きく作用しており、ギタリストたちもその影響の下で作曲をしていたと考えられます(ギター音楽とダンス(さらには後述するギターの違い)については、2014年1月号~4月号掲載の竹内太郎氏による「レパートリー充実講座」をぜひご覧ください)。

ルイ14世が太陽に扮してバレエの舞台に立ち、初めて主役を担ったのが1653年。同じく50年代にギタリストとして人気を博しギターの大流行をもたらしたのがフランチェスコ・コルベッタ(ca.1615~1681)です。彼は「王のギター教師」に任命され、リュリの楽団にも参加しつつ、イギリスなどでも活躍します。一方でルイ14世は1670年を最後にバレエの舞台から退きますが、コルベッタが没した80年代ごろから宮廷ギタリストとして活躍するのがロベール・ド・ヴィゼーです。

ド・ヴィゼーはポルトガルの出身らしいということ以外に前半生についてはあまり詳しく知られていません。彼の名を現代に伝える上で大きな役割を果たしているのが、ルイ14世に捧げられた2冊のギター曲集(1682年、1686年)です。1682年の曲集の最後に掲載されているト長調の組曲では「accord nouveau(新しい響き)」、つまり変則調弦が使われています。また1686年の曲集には、セゴビアの演奏によって広まりギター・レパートリーとしても定着しているニ短調の組曲が最初に掲載されています。いずれもリュリの強い影響下にあった時代の趣き、簡明ながらも優雅さと躍動感に満ちた作品と言えますが、クラシックギターでこれらの作品に親しんできた方は少し違った印象をお持ちかもしれません。

ここまで述べてきた当時のギター、今日ではバロックギターという名で呼ばれている楽器は、現代のクラシックギター(モダンギター)とは大きく性質が異なります。ここでは詳しく書く余裕がありませんが、モダンギターでバロックギターのようにラスゲアードや装飾音を細かなニュアンスで表現するのは大きな困難が伴います。そのことは19世紀半ば、ロマン派ギタリストのナポレオン・コストが編曲したド・ヴィゼーの楽譜にすでに表われています。師であるソルのエチュードを用いてコストが編纂した教本にはド・ヴィゼー作品が6曲ほど収録されていますが(うち3曲は前述のニ短調の組曲から)、装飾音は一切なく、またラスゲアードを使わせるような箇所もありません。むしろ、2声や3声の横のつながりやプンテアード(爪弾き)による和音の表現を意識した作りとなっており、各弦の音色や役割が大きく異なる6単弦ギターの性能を活かした編曲をしています(コストは編曲集〈ギタリストのための黄金の本Op.52〉でもド・ヴィゼー作品を9編収録しています)。そして、その方向性は続くセゴビアでも同様です。しかし、ド・ヴィゼーを好きになったギター愛好家の中には、モダンギターによる演奏から入った方も少なくないでしょう。彼らは、作品が持つ魅力を別の側面から引き出すことで、作品を現代にまで弾き伝えてくれたと言えます。


ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685~1750)

バッハとギターの交わりはタレガの時代から見ることができます。そしてタレガの編曲を用いつつ、自編の〈シャコンヌBWV1004〉でセンセーショナルなパリ・デビューを飾ったセゴビアの登場は、ギター・レパートリーにおけるバッハの存在感を不動のものにしました。

先述のド・ヴィゼーがバロックギターやテオルボ、ヴィオールなど弦楽器の奏者で、舞曲の得意な宮廷音楽家だったことと、バッハがオルガンなど鍵盤楽器の演奏家としても活躍し、声楽曲が重要な位置を占める教会音楽家であることは好対照をなしています。そしてド・ヴィゼーがギターに親和性があるよう見える一方で、今日ではギターによるバッハ作品の演奏の方が多い状況は、まさに先ほど述べたモダンギターの特質に由来していると言えます。前回の名曲講座では「ギター音楽のピアニズム」と題して鍵盤音楽とギターの関係についてご紹介しましたが、一音一音を明瞭に発音ができるよう改良の進められた現代のギターは、テクニック的な制約こそあれ、鍵盤楽器の音楽を鍵盤楽器ではできない方法でも表現しうる、特異な弦楽器と言えます。その意味では「近代ギターの父」と呼ばれるほどの改革をなしたタレガがピアノ作品の編曲に一定の比重を置いたのは必然と言えます。バッハ作品とギターの関係はその文脈から考えられるでしょう。

バッハのリュート作品はBWV995からBWV1000及びBWV1006aの7曲ありますが、その多くが実際にはリュートでも演奏が困難とされています。それは、バッハがリュートの演奏に精通していなかったからというだけでなく、このうちのいくつかがラウテンヴェルクと呼ばれる、リュートの弦を張ったチェンバロのために書かれたからではないかとも考えられています(BWV996にはその指定があり、またBWV1000以外の6曲が2段譜で書かれています)。ラウテンヴェルクを用いてバッハのリュート作品を演奏したCDが現在いくつかありますが、その澱みない音楽の流れは、長年これらの曲に親しんできたギター愛好家にとっては新鮮な驚きを与えてくれるでしょう。一方で、リュートが醸し出す重厚で神聖な雰囲気も、ギターにとって表現が容易ではありません。しかしそれでもなお、これらの作品にあまたのギタリストたちが取り組み、ラウテンヴェルクともリュートとも違ったやり方で多くの聴き手を魅了し続けています。

ド・ヴィゼーの舞曲が舞踏と密接な関連があるのに対し、バッハの組曲で使われている数々の舞曲は基本的に形式として用いられており、踊ることを前提に書かれていません。同じ舞曲でもド・ヴィゼーとはまったく異なる趣きを持つため、例えばフランス風なスタイルで書かれたバッハの〈リュート組曲第3番BWV995〉とド・ヴィゼーの組曲などを聴き比べると、2人の違いが一層際立ちます。また、この曲のプレリュードはリュリが生み出した形式である「フランス風序曲」が使われています。緩やかなグラーヴェと対位法的な書法のヴィヴァーチェの2部からなる形式で、ド・ヴィゼーが編曲しているリュリの歌劇『ヴェルサイユの洞窟』序曲などでも聴くことができますが、バッハの場合はグラーヴェの深刻さとヴィヴァーチェ(バッハではフーガ)の対位法的処理にいっそうのこだわりが感じられます。

「リュートまたはチェンバロのため」と記された〈プレリュード、フーガ、アレグロBWV998〉では、プロテスタントの影響が強いバッハの音楽の神聖な側面をよりはっきりと聴き取ることができます。ギタリストのE.フェルナンデスは、この曲のフーガのモチーフにルターのコラール〈高き御空よりわれは来れりvom himmel hoch da komm ich her〉が使われていると指摘しています。また、このコラールを主題とした〈カノン変奏曲BWV769〉の第1変奏とBWV998のアレグロを比較するのも面白いでしょう。BWV995とBWV998はいずれも、バッハの自筆譜が残されている貴重なリュート作品となっています。

現代のクラシックギターは弦楽器とも鍵盤楽器ともとれないような曖昧な性質を持っています。しかし、ド・ヴィゼーとバッハのような、一見まったく特徴の異なる音楽でさえも一手に取り込もうとする"軽薄さ"こそが、クラシックギターの大きな特質とも言えます。演奏に多大なコストを要する楽器は一部の人々にしかその楽しみを与えず、文化がハイコンテクストになるとタコツボ化して忘れ去られます。ギター1本でも表現できるその普遍的な音楽の魅力にこそ、以上の作品が今なお愛奏されている所以があったのではないでしょうか。

ggsalon_2014.07.26.jpg

以上のように性格の全く異なる2人の作曲家の作品を「ギター」を介して同時にお聴きいただきます。現代音楽作品であらゆる性格の作品を自在に弾きこなす山田さんの、バロック音楽での弾き分けにご注目ください! ご予約はコチラから

第8回/8月30日(土)はキム・ヨンテさん、新井伴典さん、坪川真理子さんのアルポリール・ギタートリオによる、オール佐藤弘和作品公演です。3人それぞれのソロ、キムさんと新井さんのデュオ、そしてトリオでの久々の演奏と、さまざまな面から楽しむことのできるコンサートとなっております!

ggsalon2014.08.30.jpg

第9回/9月27日(土)は、クラシックギターの「王道」レパートリーにしっかりと取り組み続けている益田正洋さんによる「ギター古典派のソナタ」。負担が大きいゆえに避けられがちなソルの2つのグランド・ソナタとジュリアーニのソナタOp.15、その他単一楽章のソナタ形式の作品を一挙にご披露いただきます!

第10回/10月25日(土)は新井伴典さんによる一風変わったプログラム「ギター・レジェンズ」。20世紀の伝説的なギタリストたちをオマージュした作品を集めた、とってもかっこいいプログラムです!実はこの企画、福田進一さんのとある名盤が"元ネタ"となっております。そちらもぜひ併せてお楽しみください!

(編集O)